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Aristocrats are unfortunate beings, I think.

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 ベルサイユ宮殿で録音されているこのCDシリーズはフランス革命前後の貴族たちの生活を音楽で聴くという面ではいろいろ示唆に富んでいると思うんです。たとえば、昨日、今日と聴いているアルトワ侯(のちのフランス国王、シャルル10世)の結婚式が1773年に挙行されたんですが、このときの音楽だけでも大オーケストラ音楽で、宴会そのものっていう壮大な世界になっています。このシャルル10世は国民無視の贅沢三昧かつ女たらしで結局干されたフランスの最後の王様で、フランス革命後に王政復古を叫び、結局また7月革命を招く。お世辞にも褒められた存在ではないと個人的には思います。それでも、残された音楽は故人の出来事から離れて、文化遺産のひとつとして今また私のオーディオ機器を活躍させているんです。フォステクスの2WAYで、ちょっとボリウムあげて聴いています。

Pure FOSTEX"s system without JBL tweeter sounds better than before.

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 お久しぶりのオーディオネタです。 先程までメインスピーカーであるFOSTEXフルレンジの20cm(FF225WK)とオリジナルのエンクロージャーの上にJBL( 2405H )とFOSTEX( T900A )のツィーターが乗っていましたが、JBLの結線が外れたのをきっかけに、純粋にFOSTEXだけのサウンドを聴いてみようと思い立ち、JBL2405Hを外してみました。 上に乗るツィーターは一つの方が見た目がいいです。って、あたりまえですが。笑 ECMのここ数年発売のアルバムやティーレマン指揮ウィーンフィルのブルックナーを聴いて改めてシングルブランドが見せるサウンドの一貫性に惚れ惚れしている自分に気がつきます。 JBL2405Hと心中してもいいくらいのあのJBL贔屓はどこへやら。がんを患ってJBLを受け止めるパワーが自分にはもうなくなったのかもしれませんし、こういう変化は年を重ねた結果というか、病気による身体的バランスの激変によるものか。慣らしている音量はどんどん下がる傾向ですが、見通しが良くなる効果もある。behringer社スピーカーマネジメントの使い方がすこしはマシになったおかげもあるんでしょうかね。 こんな感想を親友が読んだら、どんなコメントが返ってくるか。「え?、ツィーターはJBLに戻してくださいよ。」っていわれるかも。笑

Is numerical superiority important?

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 1億。お金でも、センサーの画素数でも。魅力的ですね。笑 死ぬ前に一度は一億円を手にしてみたいし、1億画素のデジカメを使ってみたい。チャンスがあればですが、なければないでも構わないです。 デジタルカメラでいうと、個人的に4千万画素くらいあればもうそれ以上は自分の眼の解像度が追いつかないから不要だと思っています。 でもね。そうは言っても。気になる。気にするけれど、持論で言えば今の6千万画素でまったく不満なし。新しいものはオーディオでもそうなんですが、一度見ると欲しいって。まだまだ煩悩の塊。笑

Usus magister est optimus.

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 Experience is the best teacher.っていうことで、カメラ中古市で手に入れた旧東ドイツ製のレンズに手持ちのレンズフードを使ってみたところ四隅が「けられ」が。四隅にフードの影が映るのはよろしくない。なので、フードの口径を最大までに広げて「けられ」がなくなりすっきりさせました。これは、自分が自分の行いに対するけじめとでもいうか。オーディオでもこういうことはよくあります。心の中の清潔感をいかに維持するか。言い換えれば、どこまで納得のいく状態で趣味に対峙しているか。引っかかる問題は即解決したい。ま、趣味のドツボはこんなところに転がっているのも事実なんですがねぇ。

PENTACON auto 1.8/50 MULTI COATING.Ein Objektiv der ostdeutschen Firma Pentacon, circa 1975.

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 東西ドイツ再統一前、旧東側のカメラレンズは謎の存在です。ペンタコンという人民公社も旧東ドイツ側のカール・ツァイスと関係がありそうです。いま、中古カメラの店先で格安に入手できて、その性能はあなどれないなっていうのが感想です。 今年(2025年)2月末から銀座のデパートで開催された「中古カメラ市」で、PENTACON auto 1.8/50 MULTI COATING ( M42スクリューマウント ) というレンズを入手しました。33センチまで対象に寄れるのでちょっとしたスナップ写真からマクロ撮影もどきまでカバーして重宝しています。絞りをF8くらいまで絞ればきっちりとしていながらも最近のつまらないまじめなレンズとは異なる味があっていいんです。5千円〜9千円程度で買える古いレンズで、カビ・汚れの少ない個体は使って面白い存在です。高齢になった自分の趣味にぴったり。

There are moments when I reminisce about the best times I had with my best friend.

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つくづく、自分の青春時代は日本のオーディオ全盛期と重なるなぁと思います。 親友と交互に行き交ってそれぞれのリスニングルームでお互いのお気に入りの音楽を聴いて、ああだこうだ時間の経つのも忘れて酒飲みながら、うんうん、そうだねって話し合ったのを、こういう曲を聴くと必ず思いだして目頭が熱くなるのを抑えることができません。もう、あの時間は戻らない。わかってはいるんですけど。いろいろなことが人生の終い方を匂わせ始めています。

Immer näher an das Objekt herankommen.

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 1970年代の後半、大学生時代、最初に手にしたマクロレンズはペンタックスの一眼レフ用、smc PENTAX-M Macro 1:4 50mm だったと思います。F4っていう暗いレンズでしたが、1/2倍まで寄れるし、画像はきっちりと鮮明でした。3群4枚構成。これってわかりやすくいうとテッサータイプのマクロレンズですかね。マクロレンズへの憧れを最初に抱いたレンズでした。 2025年2月現在、所有するマクロレンズで標準レンズ域のものは2本。コニカとコンタックス。 明るい標準レンズは必要ですが、それに凝るよりマクロレンズに凝るほうがずっと面白いと思います。いま、1対1まで寄れる90mmか100mmでF2.8のものが欲しい。一応希望だけは持ち続けるとがんを克服して生きたいっていう気力が湧きます。

Un saluto al mio migliore amico!

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 昨日の2月4日、食道がん手術から1年の検査(採血、CT、内視鏡)から約1週間。検査結果を病院で聞いてきました。血液マーカー、CT画像、内視鏡画像も見せていただき、主治医の先生からは問題ないです。3ヶ月ごとの診断を6ヶ月ごとにしましょう。 お祝いだから飲まずにはいられないよね!って柚香さんからもお褒めのおことば。 スピーカー設定も親友好みのちょっとエッジを効かせて温度感を少し下げる。バロックがとっても爽快なイメージに変化する。那覇の当時の彼の部屋を思い出す瞬間があちこちに。 一緒に聴いている感覚がたまらないね。さあ、乾杯!

A toast to myself and friends, etc.

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1年前の1月24日はがんの手術をやっていただいた日。昨年の抗がん剤治療からすると16ヶ月が経過しました。 よくまあ我慢できたね。って柚香さんが1杯なら飲んでいいよ。って。笑 シャンパーニュはもったいない。? ので、プロセッコのプロがおすすめするおいしいプロセッコで乾杯と献杯。 今日2月2日は父が亡くなって2ヶ月の月命日。どんどん時間が経過して行きます。今年は相続関連であっという間に終わりそうな。そんな予感がします。

Des disques compacts que j'écoute inconsciemment.

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 2025年はすでにはじまってますね。この2年ほどのうちにあまりにもいろいろなことが起こってまだ心ここにあらずっていうか。こういうとき、無意識に聴いているのがパトリック・オハーン。それもCDで。神経を逆撫でしない、無重力空間に放り出されるような浮遊感。そういう音楽をいま求めているんだと思います。 今年は父の法要、自分の術後検査などが続いて精神的にはまだまだ落ち着かない日々がつづきます。インフルエンザや感染症にも気を遣いながらなんとか命にすがりついて、音楽ライフ、写真ライフ、その他趣味(できればちょっとだけワインも)ライフを謳歌したいです。

HHKB Keyboard

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 親友がブログで取り上げていた話題のひとつにキーボードがありました。当時の私は傍観するだけでした。昨年末、何かの拍子で夢に親友が出てきて、なにか一つでいいですから、ちょっとキーボードをグレードアップしてブログ書いてみません?って。で、そのうちのひとつHHKB Professional   (日本製)が届き、この文章もそのキーボードを使ってタイプしております。キーを打っているっていう感触はマック純正のものより数段優れていると感じます。ただ、うちのApple社製品と相性が悪いのか、Bluetoothのペアリングが何回トライしてもできず面倒だなって。USB接続で使えば単三バッテリー不要だし、まあ、いいかってことで。MacBook Air と iPad AirそしてたまにiMacに接続してそのキータッチの快適さにもうApple純正のキーボードには戻れません状態です。

Cleaning all the terminals on your audio equipment regularly is a must.

 年末の大掃除。オーディオにも大掃除はとても大切な作業です。機材の接点という接点、つまり電源、インプット、アウトプットの端子全部、スピーカー端子も掃除する。電源ケーブル類、信号ケーブル類も電源タップも壁のコンセントも。とにかく電源から電気信号が経由するすべてのポイントを徹底して掃除すること。接点復活剤を最後に使うことで、音楽信号の通り道がすっきりと渋滞が解消されるがごとき理想世界へと音そのものが劇的に変化します。大掃除はなるべくなら年2回、か、最悪でも年1回やりましょう。私も「がん」を宣告された一昨年以降なにも掃除らしい掃除をオーディオではやっていませんでしたので、今回は重い腰をどっこらせって持ち上げて、アンプ、CDプレーヤー、DAC、イコライザーまで機材をラックから引っ張り出し、ラックホコリをまず綺麗にして機材の接点という接点をすべて綿棒に接点復活剤をふくませてお掃除しました。結果は誰もが驚くはず。20年若返ったような生々しい鮮度感です。(笑) 音の素直さにしばし「がん」患者であることを忘れ、音楽に没頭することができました。半年後も大掃除やるぞ!

Trying to use a new keyboard for iPad Air

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 実家にあった父の遺品。iPad air (4th Generation)を妹の許可を得ていただいてきました。 2020年発売のけっこう評判が良かった第四世代のものだそうで、初期化してiPhoneと同期させたところ、すぐに使えました。 iPadシリーズで思い出されるのは親友がかなりのiPadヘビーユーザーであったこと。そして彼のブログに頻繁に登場していたのが「キーボード」に関する記述です。個人的にキーボードにはほとんど興味がなかったと言っていいのですが、iPad airを使うにはiPhoneとは違って別途キーボードが必要だと認識するに至りました。 ならば、親友がおすすめしていたキーボードのどれかひとつを使ってみようかと思ったはいいんですが、値段が想像以上に高いものが多いんです。(笑) アマゾンで検索していたところHHKBで22%offっていうものを発見。年明け10日頃にお届けで購入しました。Windows、MacそしてiPadとハードを選ばずに使えるというものなので、キータッチがぴったりとはまれば、常用のiMacおよびMac Book Airにも使おうって思います。

Евге́ний И́горевич Ки́син : Kissin 's piano recital in Suntory Hall. December 10rh, 2024

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12月に入ってからというものやたらと気忙しい毎日です。12月10日にサントリホールで開催されたエフゲニー・キーシンのピアノ・リサイタル。心の底の底まで優しさが染み込みました。CDやSACDで聴くクラシック音楽の世界はオーディオで音量だけは大きいけれど、本当のダイナミックレンジは体感できず、またキーシン本人とコンサート会場で対面しているという臨場感においても全く異なるもので、一生に一度だけでも聴いておきたかったキーシンのピアノはこの俗世間の垢というか最近の心の闇を浄化させるに充分すぎるものがありました。 昨年10月に親友が、つい今月は父がこの世を去り、過ぎ去った時間が映像として繰り返し懐かしさを伴って悲しく、寂しく私にまとわりつく。この辛さは誰でも乗り越えないといけない試練のひとつなのかもしれません。 音楽はかなり寂しさを癒してくれます。それは、親友と父との共通の言語でもあったからだといま思い返しております。 自宅までの帰り道、めったに夜の道を歩かない中で、東京ミッドタウンで1枚。 α7RIV & Carl ZEISS Planar 1.4/50 ZE 

My father passed away at 9:30 pm on December 2nd.

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 12月2日夜、父は母のもとへ旅立ちました。3週間に渡る苦しそうな息遣いにこちらも気が咎め、治療への期待が強すぎて、かえって父に過度な無理を強いていたのではないかと悔やむことばかりです。

The Hexanon AR 1.7/50 lens has a kind of hope inspiring brightness, I guess.

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2024年は自分の手術後の検査とリハビリはまあさておいて、父の転倒出血で救急搬送と、まだ意識がない状況が続くという想像したくはなかった毎日が続いています。 東京ミッドタウンで見つけた小さな明るいクリスマスの情景。ほんのわずかな時間ですが、ほっこりしました。 約50年前のコニカ ヘキサノンARレンズ 50mm F1.7による小さなサンタクロースたち。 健全で希望に満ちた暖色系の描写が特徴かもしれません。

Praying for my father's recovery.

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 実は今月9日深夜、99歳近い高齢の父が実家で転倒、頭部打撲で大出血。意識を失い救急病院に搬送。タクシー飛ばして病院にかけつけ状況を確認。数日後たった15分ですが、面会が可能となったため、毎日病院へ通勤状態です。まずは意識だけでも戻ってほしい。 父の回復を祈りつつ心の不安を落ち着かせる音楽はなぜか、モーツァルトではなくベートーヴェンのシンフォニー。親友もよく聴いたであろうホグウッドのダイナミックかつティンパニの強打がほとばしる演奏が暗く沈みそうな自分に望みを持てと畳み掛けてきます。 状況により、ブログは停止することもあるとは思いますが終了はしませんのでしばしご容赦のほどお願い申し上げます。

Once Halloween is over, the world suddenly becomes Christmas in Japan.

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 あれほどハロウィーンって騒いでいたのに。11月に入ると商店街はハロウィーンなどなかったかのように一気にクリスマス一色になります。ま、商売的にはそれもありです。 夏が一気に去って、秋はその存在を失いつつあります。木々の葉は紅葉せずに縮れてそのまま落ち、冬の芯まで冷える寒さはどこへ行った?っていいながらもクリスマスがやってくるんです。 我が家のオーディオもiDSD signature DACの出力回路を「TUBE+」モードでNFB少なめ真空管モードにしてケンブリッジ合唱団のクリスマス曲集を始めます。30分ほどかかりますが真空管アンプらしい録音会場の広さからくる残響音たっぷりの雰囲気が少しづつ、少しづつ。つい、イコライザーをいじってしまうのは、見えないけれど親友が一緒に聴いていて、「ねぇ、もうちょっと抜けをよくしません?」とかぶつぶつ言ってるからかも。笑

ALTEC 620B(604-8H)in Jimbo-cho, Tokyo.

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 親友が何回もトライしたスピーカーブランドの中にはしっかりとALTECも入っているんです。 2017年4月に親友の自宅で聴いたALTECはそれまでの彼のオーディオにひとつの区切りをつけたとお互いに納得できた究極のALTEC世界でした。 神保町でみつけたジャズ喫茶。ここにもALTECが置いてあると聞きました。近いうちに訪問したいと思っています。

From a bird's-eye view of thinking.

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 いま夢中になってやっていることが本当に自分にとって役にたつのか、後になってあれやっといてよかったということになるのか。年齢を重ねて、わかった!どころか、かえって混乱をきたしているような気がしてなりません。 煩悩は諸悪の根源なんでしょうかね。1つものを持つとあれも、これも欲しい。そして欲しいという感情は止まることをしない。まるで、がん細胞が死なずに細胞分裂して勝手に 増えていくような図に見えます。趣味なんてまさにこれです。 二次元空間的にしかものをみないととくにひどい兆候を見せます。こういうときは、思いっきり飛び上がって上空からもうひとりの地べたを這い回る自分を見ることが必要になると思っています。 そうすれば、あ、あんなところにいる。ちょっと迂回すればなんということもないのに。 なんて具合です。

Remembering Tomorrow

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 1996年発売。Steve KuhnのRemembering Tomorrowはタイトルの解釈がむずかしい。「明日を思い出す」まだ来てもいない明日を思い出すとは?ま、難しく考えずに素直になりたいです。 で、聴き出すと、聴き惚れるんです。ピアノはもちろん聴き惚れる対象ですが、ドラムス。これです。これを聴くために音量は上げないとだめです。そうすると、ドラムスの動きが見えるんです。そのくらいインパクトがあります。ベースも泣かせるんですが。全部いい。笑 ジャズとかって決めつけないで、何も考えずにっていうか、座禅の感じで待ち構えずに聴く。 親友が大好きだったフルレンジユニットにコンデンサー1個で低域をカットしたツィーターを乗せたシンプルなスピーカーで聴くのにこれほどうってつけのアルバムはない。って断言してしまいそうです。 (KONICA HEXANON AR 50mm F1.7絞り開放にて撮影。)

The latest remastered Brahms Piano Concerto No.2 played by Backhaus and Böhm.

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 タワーレコードからこの10月30日に1967年録音の大好きなバックハウスのブラームス ピアノ協奏曲第2番のSACDがリリースされます。すでにこの名演奏は何回もリマスターされて発売されています。こんどのは2024年の最新リマスターで、モーツァルトやピアノだけの曲も追加した2枚組で発売されるということです。 この演奏でブラームスのピアノ協奏曲第2番を知った私としては、ベストの音質って言われると欲しくなります。しかし、アナログのオリジナルテープは年々劣化していくでしょうから、どの程度いいものなのかは実際に自宅装置で聴いてみないことにはわかりません。 ご購入を!っていう誘い込みの巧妙さは昨今のあぶない事件を思わせるけれど。結局は買うんでしょうねぇ。人ごとのようにいうしかないです。笑

Tsukiji, Ginza and Marunouchi

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 食道がん手術後9ヶ月。今日は病院で血液検査と主治医の診察があり、なんとかなっていることを確認できました。来年1月末にCT検査、内視鏡検査が控えています。病院の最上階食道でパスタランチを食べ、病院を出て築地から銀座、そして丸の内へとオールドレンズ(KONICA HEXANON AR 50mm F1.7)でカメラ散歩を。8千歩は歩けました。今日持参のレンズは発売年が1971年!私がまだ中学3年生の頃のレンズです。それでこの味わい。最新設計の大三元ズームレンズになんでも求めるのではなく、単焦点レンズ1本だけカメラに装着して、自分が歩き回って風景を切り取るっていうこの不便さをむしろ楽しむほうが、楽しいと個人的に思っております。歩き回れるうちはこういうオールドレンズの楽しみかたに存分に浸りたいです。

KONICA HEXANON AR Lenses Lover, now.

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 個人的にいま、フィルム時代の一眼レフ用単焦点レンズ沼にどっぷりはまっております。 この9月、銀座松屋で開催された「中古カメラ市」でみつけたYashika/CONTAXやキヤノンEFマウント用のCarl ZEISS レンズ群(マニュアルフォーカス)にまず足元をすくわれました。笑 そしてノリで購入したものの、カビ、ホコリなどがちょっと気になったレンズは馴染みの中古カメラ専門店で売却させていただきました。そのとき、そのお店にコニカの一眼レフ時代のHexanon ARレンズが数種類置いてあり、レンズもかなりきれいなので差額でお安く買えるってことで入手。SONYα用マウントアダプターもいま、格安で入手できますし。 世にいう「名玉ヘキサノン」ここにあり。マクロ55mm F3.5 は3群4枚構成。28mm F3.5はちょっと暗いけれど7群7枚構成。これらはカビも埃もほぼなく、スカッとクリア。広角レンズとマクロレンズがあれば、あとは標準レンズが欲しいけれど、軽いし、持ち歩いて写真撮るには十分。 フィルム時代、KONICA HEXANONは気になりつつも他社レンズにどっぷり浸っていたんですが、70歳が近いこのごろは若かりし頃、使っていなかったブランドを半分懐かしがって使うことにしました。 まあ、終活の一環としてかなり楽しいのであります。まだ作例がほぼないのが泣きどころ。

One year since the death of my close friend

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 去年の10月15日も東京は天気が良かったと思います。 あの日、ワン・クールめの抗がん剤点滴治療が終わった夕方、親友はこの世を去りました。彼の死を知ったのは翌日になってからでした。あれから1年。お互いのオーディオを前にして語り合ったこと、ワインのこと、クルマのこと、カメラのことなどさまざまなことが夢にも出て、音楽を聴きながら思い出に浸った時間もありました。 今日はお互いのオーディオチェックで必須だったホグウッドのメサイヤを中心に存分に一緒に聴いた音楽に浸る予定です。

The last email from my best friend who called me a comrade.

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 ちょうど1年前の今日。2023年10月13日正午すぎ。親友からの最後のメールが届いた。 文面の末尾はこうでした。  戦友として残された時間をよろしくお願いします。 親友から戦友に格上げしてもらったけれど、ずっしり重い表現。もう長くないと悟っていたからこそのことば。42年間にわたる付き合い。その最後だけれど、これ以上凝縮した表現はない。そう感じます。 あれからもう1年経過。食道がんの経過が悪くならない限り、いつかは墓前で語り合いたい。 写真は2017年11月25日 最後に訪問した親友宅にて撮影 CDの散らかり具合が彼らしい。

The attention to detail in audio can be seen in some photos.

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 レンズの絞り値を開けたり閉めたりで焦点が合う範囲ががらりと変わります。焦点のあったところを撮影者はしっかり見ているのはわかりますし、他をボカす必要も。 この見方はオーディオにもつながっていると思います。克明に音全体を聴くオーディオ探求者的なアプローチ。親友はどちらかと言えばこういうタイプだったと思います。私は聴きたいポイントを際立たせることが好みで、やたら全部見えるような聴き方はしません。なので、レンズでいうと解放絞り(F1.8レンズならF1.8)が好きで、絞ってもF2.8あたり。なのでズームレンズより単焦点の明るいレンズが好きなんでしょうね。手前から無限大の遠いところまできっちり焦点を合わせたい。そういうオーディオのアプローチってとても良くわかるんです。若い頃の自分がそうでしたから。もやもやしたところが嫌いで、かっちりというか、4分しか茹でてないスパゲッテイ的っていうか。JBL 2405っていうツィーターにこだわったのもその視点からです。 もう70歳をすぐ先に見る年齢になって、全体を俯瞰してこの曲はこの部分に焦点を当てて聴きたい。そういう自由度が持てるようになりました。純粋なオーディオではないとわかっていますが、どのように音楽に向き合おうがその人の勝手だと思います。好き勝手ができる幸せに浸りたいです。 キーシン17歳の誕生日がすぐっていう1988年のサントリーホール。今週発売されたばかりのSACDでこの演奏を聴きました。もうこのピアニストは天才としか形容できません。この解釈、演奏、心のゆとり、そして大胆さ。恐れ入りました!