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Des disques compacts que j'écoute inconsciemment.

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 2025年はすでにはじまってますね。この2年ほどのうちにあまりにもいろいろなことが起こってまだ心ここにあらずっていうか。こういうとき、無意識に聴いているのがパトリック・オハーン。それもCDで。神経を逆撫でしない、無重力空間に放り出されるような浮遊感。そういう音楽をいま求めているんだと思います。 今年は父の法要、自分の術後検査などが続いて精神的にはまだまだ落ち着かない日々がつづきます。インフルエンザや感染症にも気を遣いながらなんとか命にすがりついて、音楽ライフ、写真ライフ、その他趣味(できればちょっとだけワインも)ライフを謳歌したいです。

HHKB Keyboard

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 親友がブログで取り上げていた話題のひとつにキーボードがありました。当時の私は傍観するだけでした。昨年末、何かの拍子で夢に親友が出てきて、なにか一つでいいですから、ちょっとキーボードをグレードアップしてブログ書いてみません?って。で、そのうちのひとつHHKB Professional   (日本製)が届き、この文章もそのキーボードを使ってタイプしております。キーを打っているっていう感触はマック純正のものより数段優れていると感じます。ただ、うちのApple社製品と相性が悪いのか、Bluetoothのペアリングが何回トライしてもできず面倒だなって。USB接続で使えば単三バッテリー不要だし、まあ、いいかってことで。MacBook Air と iPad AirそしてたまにiMacに接続してそのキータッチの快適さにもうApple純正のキーボードには戻れません状態です。

Cleaning all the terminals on your audio equipment regularly is a must.

 年末の大掃除。オーディオにも大掃除はとても大切な作業です。機材の接点という接点、つまり電源、インプット、アウトプットの端子全部、スピーカー端子も掃除する。電源ケーブル類、信号ケーブル類も電源タップも壁のコンセントも。とにかく電源から電気信号が経由するすべてのポイントを徹底して掃除すること。接点復活剤を最後に使うことで、音楽信号の通り道がすっきりと渋滞が解消されるがごとき理想世界へと音そのものが劇的に変化します。大掃除はなるべくなら年2回、か、最悪でも年1回やりましょう。私も「がん」を宣告された一昨年以降なにも掃除らしい掃除をオーディオではやっていませんでしたので、今回は重い腰をどっこらせって持ち上げて、アンプ、CDプレーヤー、DAC、イコライザーまで機材をラックから引っ張り出し、ラックホコリをまず綺麗にして機材の接点という接点をすべて綿棒に接点復活剤をふくませてお掃除しました。結果は誰もが驚くはず。20年若返ったような生々しい鮮度感です。(笑) 音の素直さにしばし「がん」患者であることを忘れ、音楽に没頭することができました。半年後も大掃除やるぞ!

Trying to use a new keyboard for iPad Air

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 実家にあった父の遺品。iPad air (4th Generation)を妹の許可を得ていただいてきました。 2020年発売のけっこう評判が良かった第四世代のものだそうで、初期化してiPhoneと同期させたところ、すぐに使えました。 iPadシリーズで思い出されるのは親友がかなりのiPadヘビーユーザーであったこと。そして彼のブログに頻繁に登場していたのが「キーボード」に関する記述です。個人的にキーボードにはほとんど興味がなかったと言っていいのですが、iPad airを使うにはiPhoneとは違って別途キーボードが必要だと認識するに至りました。 ならば、親友がおすすめしていたキーボードのどれかひとつを使ってみようかと思ったはいいんですが、値段が想像以上に高いものが多いんです。(笑) アマゾンで検索していたところHHKBで22%offっていうものを発見。年明け10日頃にお届けで購入しました。Windows、MacそしてiPadとハードを選ばずに使えるというものなので、キータッチがぴったりとはまれば、常用のiMacおよびMac Book Airにも使おうって思います。

Евге́ний И́горевич Ки́син : Kissin 's piano recital in Suntory Hall. December 10rh, 2024

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12月に入ってからというものやたらと気忙しい毎日です。12月10日にサントリホールで開催されたエフゲニー・キーシンのピアノ・リサイタル。心の底の底まで優しさが染み込みました。CDやSACDで聴くクラシック音楽の世界はオーディオで音量だけは大きいけれど、本当のダイナミックレンジは体感できず、またキーシン本人とコンサート会場で対面しているという臨場感においても全く異なるもので、一生に一度だけでも聴いておきたかったキーシンのピアノはこの俗世間の垢というか最近の心の闇を浄化させるに充分すぎるものがありました。 昨年10月に親友が、つい今月は父がこの世を去り、過ぎ去った時間が映像として繰り返し懐かしさを伴って悲しく、寂しく私にまとわりつく。この辛さは誰でも乗り越えないといけない試練のひとつなのかもしれません。 音楽はかなり寂しさを癒してくれます。それは、親友と父との共通の言語でもあったからだといま思い返しております。 自宅までの帰り道、めったに夜の道を歩かない中で、東京ミッドタウンで1枚。 α7RIV & Carl ZEISS Planar 1.4/50 ZE 

My father passed away at 9:30 pm on December 2nd.

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 12月2日夜、父は母のもとへ旅立ちました。3週間に渡る苦しそうな息遣いにこちらも気が咎め、治療への期待が強すぎて、かえって父に過度な無理を強いていたのではないかと悔やむことばかりです。

The Hexanon AR 1.7/50 lens has a kind of hope inspiring brightness, I guess.

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2024年は自分の手術後の検査とリハビリはまあさておいて、父の転倒出血で救急搬送と、まだ意識がない状況が続くという想像したくはなかった毎日が続いています。 東京ミッドタウンで見つけた小さな明るいクリスマスの情景。ほんのわずかな時間ですが、ほっこりしました。 約50年前のコニカ ヘキサノンARレンズ 50mm F1.7による小さなサンタクロースたち。 健全で希望に満ちた暖色系の描写が特徴かもしれません。

Praying for my father's recovery.

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 実は今月9日深夜、99歳近い高齢の父が実家で転倒、頭部打撲で大出血。意識を失い救急病院に搬送。タクシー飛ばして病院にかけつけ状況を確認。数日後たった15分ですが、面会が可能となったため、毎日病院へ通勤状態です。まずは意識だけでも戻ってほしい。 父の回復を祈りつつ心の不安を落ち着かせる音楽はなぜか、モーツァルトではなくベートーヴェンのシンフォニー。親友もよく聴いたであろうホグウッドのダイナミックかつティンパニの強打がほとばしる演奏が暗く沈みそうな自分に望みを持てと畳み掛けてきます。 状況により、ブログは停止することもあるとは思いますが終了はしませんのでしばしご容赦のほどお願い申し上げます。

Once Halloween is over, the world suddenly becomes Christmas in Japan.

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 あれほどハロウィーンって騒いでいたのに。11月に入ると商店街はハロウィーンなどなかったかのように一気にクリスマス一色になります。ま、商売的にはそれもありです。 夏が一気に去って、秋はその存在を失いつつあります。木々の葉は紅葉せずに縮れてそのまま落ち、冬の芯まで冷える寒さはどこへ行った?っていいながらもクリスマスがやってくるんです。 我が家のオーディオもiDSD signature DACの出力回路を「TUBE+」モードでNFB少なめ真空管モードにしてケンブリッジ合唱団のクリスマス曲集を始めます。30分ほどかかりますが真空管アンプらしい録音会場の広さからくる残響音たっぷりの雰囲気が少しづつ、少しづつ。つい、イコライザーをいじってしまうのは、見えないけれど親友が一緒に聴いていて、「ねぇ、もうちょっと抜けをよくしません?」とかぶつぶつ言ってるからかも。笑

ALTEC 620B(604-8H)in Jimbo-cho, Tokyo.

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 親友が何回もトライしたスピーカーブランドの中にはしっかりとALTECも入っているんです。 2017年4月に親友の自宅で聴いたALTECはそれまでの彼のオーディオにひとつの区切りをつけたとお互いに納得できた究極のALTEC世界でした。 神保町でみつけたジャズ喫茶。ここにもALTECが置いてあると聞きました。近いうちに訪問したいと思っています。

From a bird's-eye view of thinking.

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 いま夢中になってやっていることが本当に自分にとって役にたつのか、後になってあれやっといてよかったということになるのか。年齢を重ねて、わかった!どころか、かえって混乱をきたしているような気がしてなりません。 煩悩は諸悪の根源なんでしょうかね。1つものを持つとあれも、これも欲しい。そして欲しいという感情は止まることをしない。まるで、がん細胞が死なずに細胞分裂して勝手に 増えていくような図に見えます。趣味なんてまさにこれです。 二次元空間的にしかものをみないととくにひどい兆候を見せます。こういうときは、思いっきり飛び上がって上空からもうひとりの地べたを這い回る自分を見ることが必要になると思っています。 そうすれば、あ、あんなところにいる。ちょっと迂回すればなんということもないのに。 なんて具合です。

Remembering Tomorrow

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 1996年発売。Steve KuhnのRemembering Tomorrowはタイトルの解釈がむずかしい。「明日を思い出す」まだ来てもいない明日を思い出すとは?ま、難しく考えずに素直になりたいです。 で、聴き出すと、聴き惚れるんです。ピアノはもちろん聴き惚れる対象ですが、ドラムス。これです。これを聴くために音量は上げないとだめです。そうすると、ドラムスの動きが見えるんです。そのくらいインパクトがあります。ベースも泣かせるんですが。全部いい。笑 ジャズとかって決めつけないで、何も考えずにっていうか、座禅の感じで待ち構えずに聴く。 親友が大好きだったフルレンジユニットにコンデンサー1個で低域をカットしたツィーターを乗せたシンプルなスピーカーで聴くのにこれほどうってつけのアルバムはない。って断言してしまいそうです。 (KONICA HEXANON AR 50mm F1.7絞り開放にて撮影。)

The latest remastered Brahms Piano Concerto No.2 played by Backhaus and Böhm.

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 タワーレコードからこの10月30日に1967年録音の大好きなバックハウスのブラームス ピアノ協奏曲第2番のSACDがリリースされます。すでにこの名演奏は何回もリマスターされて発売されています。こんどのは2024年の最新リマスターで、モーツァルトやピアノだけの曲も追加した2枚組で発売されるということです。 この演奏でブラームスのピアノ協奏曲第2番を知った私としては、ベストの音質って言われると欲しくなります。しかし、アナログのオリジナルテープは年々劣化していくでしょうから、どの程度いいものなのかは実際に自宅装置で聴いてみないことにはわかりません。 ご購入を!っていう誘い込みの巧妙さは昨今のあぶない事件を思わせるけれど。結局は買うんでしょうねぇ。人ごとのようにいうしかないです。笑

Tsukiji, Ginza and Marunouchi

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 食道がん手術後9ヶ月。今日は病院で血液検査と主治医の診察があり、なんとかなっていることを確認できました。来年1月末にCT検査、内視鏡検査が控えています。病院の最上階食道でパスタランチを食べ、病院を出て築地から銀座、そして丸の内へとオールドレンズ(KONICA HEXANON AR 50mm F1.7)でカメラ散歩を。8千歩は歩けました。今日持参のレンズは発売年が1971年!私がまだ中学3年生の頃のレンズです。それでこの味わい。最新設計の大三元ズームレンズになんでも求めるのではなく、単焦点レンズ1本だけカメラに装着して、自分が歩き回って風景を切り取るっていうこの不便さをむしろ楽しむほうが、楽しいと個人的に思っております。歩き回れるうちはこういうオールドレンズの楽しみかたに存分に浸りたいです。

KONICA HEXANON AR Lenses Lover, now.

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 個人的にいま、フィルム時代の一眼レフ用単焦点レンズ沼にどっぷりはまっております。 この9月、銀座松屋で開催された「中古カメラ市」でみつけたYashika/CONTAXやキヤノンEFマウント用のCarl ZEISS レンズ群(マニュアルフォーカス)にまず足元をすくわれました。笑 そしてノリで購入したものの、カビ、ホコリなどがちょっと気になったレンズは馴染みの中古カメラ専門店で売却させていただきました。そのとき、そのお店にコニカの一眼レフ時代のHexanon ARレンズが数種類置いてあり、レンズもかなりきれいなので差額でお安く買えるってことで入手。SONYα用マウントアダプターもいま、格安で入手できますし。 世にいう「名玉ヘキサノン」ここにあり。マクロ55mm F3.5 は3群4枚構成。28mm F3.5はちょっと暗いけれど7群7枚構成。これらはカビも埃もほぼなく、スカッとクリア。広角レンズとマクロレンズがあれば、あとは標準レンズが欲しいけれど、軽いし、持ち歩いて写真撮るには十分。 フィルム時代、KONICA HEXANONは気になりつつも他社レンズにどっぷり浸っていたんですが、70歳が近いこのごろは若かりし頃、使っていなかったブランドを半分懐かしがって使うことにしました。 まあ、終活の一環としてかなり楽しいのであります。まだ作例がほぼないのが泣きどころ。

One year since the death of my close friend

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 去年の10月15日も東京は天気が良かったと思います。 あの日、ワン・クールめの抗がん剤点滴治療が終わった夕方、親友はこの世を去りました。彼の死を知ったのは翌日になってからでした。あれから1年。お互いのオーディオを前にして語り合ったこと、ワインのこと、クルマのこと、カメラのことなどさまざまなことが夢にも出て、音楽を聴きながら思い出に浸った時間もありました。 今日はお互いのオーディオチェックで必須だったホグウッドのメサイヤを中心に存分に一緒に聴いた音楽に浸る予定です。

The last email from my best friend who called me a comrade.

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 ちょうど1年前の今日。2023年10月13日正午すぎ。親友からの最後のメールが届いた。 文面の末尾はこうでした。  戦友として残された時間をよろしくお願いします。 親友から戦友に格上げしてもらったけれど、ずっしり重い表現。もう長くないと悟っていたからこそのことば。42年間にわたる付き合い。その最後だけれど、これ以上凝縮した表現はない。そう感じます。 あれからもう1年経過。食道がんの経過が悪くならない限り、いつかは墓前で語り合いたい。 写真は2017年11月25日 最後に訪問した親友宅にて撮影 CDの散らかり具合が彼らしい。

The attention to detail in audio can be seen in some photos.

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 レンズの絞り値を開けたり閉めたりで焦点が合う範囲ががらりと変わります。焦点のあったところを撮影者はしっかり見ているのはわかりますし、他をボカす必要も。 この見方はオーディオにもつながっていると思います。克明に音全体を聴くオーディオ探求者的なアプローチ。親友はどちらかと言えばこういうタイプだったと思います。私は聴きたいポイントを際立たせることが好みで、やたら全部見えるような聴き方はしません。なので、レンズでいうと解放絞り(F1.8レンズならF1.8)が好きで、絞ってもF2.8あたり。なのでズームレンズより単焦点の明るいレンズが好きなんでしょうね。手前から無限大の遠いところまできっちり焦点を合わせたい。そういうオーディオのアプローチってとても良くわかるんです。若い頃の自分がそうでしたから。もやもやしたところが嫌いで、かっちりというか、4分しか茹でてないスパゲッテイ的っていうか。JBL 2405っていうツィーターにこだわったのもその視点からです。 もう70歳をすぐ先に見る年齢になって、全体を俯瞰してこの曲はこの部分に焦点を当てて聴きたい。そういう自由度が持てるようになりました。純粋なオーディオではないとわかっていますが、どのように音楽に向き合おうがその人の勝手だと思います。好き勝手ができる幸せに浸りたいです。 キーシン17歳の誕生日がすぐっていう1988年のサントリーホール。今週発売されたばかりのSACDでこの演奏を聴きました。もうこのピアニストは天才としか形容できません。この解釈、演奏、心のゆとり、そして大胆さ。恐れ入りました!

Ich habe vorher schon Leica verwendet, aber ich glaube, Zeiss passt am besten zu mir.

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 ライカは一生で一回は使おう。そう決めて、最初の会社(カメラ会社)を依願退職した1990年に退職金使ってLeica M6TTL, Sumicron 50mm F2 とSumicron 35mm F2を大人買いしました。親友がそれを見て、「いいなぁ、ライカ」って。すぐさま、同じくLeica M6 TTLにELMARIT 24mm F2.8 ASPH.っていうLeicaにしては珍しい24mmレンズを買い求めたのには驚きました。 ライカのレンズの中では、いかにも秀才っていうかシャープでキレのよいSumicron 35mm F2 ASPH.がお気に入りでした。この本を読むまでは。笑 平成13年(2001年)、たまたま書店で手にしたこのムック本が、ライカばかり使わないでコンタックスにしませんか?って言ってる。そしてツアイスとその子会社ツアイス・イコンについて勉強。ライカの特許を避けて35ミリ判カメラにつぎ込んだエネルギーの凄まじさに圧倒されてContax IIa のSonnar 50mm f1.5付の中古を買って虜になったことからコンタックス好きに転向したんです。ドイツ製の戦前Contaxから一眼レフContarexや旧東ドイツの一眼レフまで。日本で復活したコンタックスはヤシカ・京セラのCONTAXで、RTS一眼レフシリーズ、レンジファインダーGシリーズ、中判645シリーズと使いデジカメ以降になってからもZEISSのレンズが製品群に入っているSONYに落ち着くことになります。 今、ボディはSONYですが、マウントアダプターを介在させて往年のCarl ZEISSから昨今のBatisレンズで遊んでおります。一部、CanonやSONYの純正レンズは手元にあるのはご愛嬌でして。 かつて親友が所有したLeica M6 は「手に負えないからフィルムでまだ撮影する人に」っていうことでずっと私の手元にありました。数年前に現金化してくれと頼まれ、親友に送金しましたが。こうしてみると懐かしさもあって、Leicaもいいな。笑 親友のかつてのLeica M6 TTL & ELMARIT 24mm F2.8 ASPH.

Roppongi is a town where emptiness and reality coexist.

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 赤坂と六本木。どちらが自分向きか。六本木かなぁ。 赤坂っていうと「表」がしっかりあって、「裏」世界がある。実態がしっかりしている印象。 六本木はちょっと例外的な場所っていうイメージ。都会の田舎。表より裏。垢抜けないところがいい。麻布十番よりちょっとあぶない感じの場所っていうか。笑 Carl Zeiss Sonnar 135mm f2.8 MMJ 東京ミッドタウンわき。

Something I wrote exactly a year ago.

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 昨年の今日、こんなことをブログに書いておりました。親友もこれを引用してましたね。 基本的に1年経過して思うことはまったく同じです。なんら変わりません。ちょっとだけ死が遠くなったような気もしますが、こればかりは、さっぱりわかりません。 昨年、10月15日に親友はあの世へ旅立ちました。1981年4月の出会いから42年。オーディオという共通の小さい窓を通じて始まり、いつのまにか多方面のお付き合いになりました。あの日の前日、ふとよぎる不安から何かブログに急いで書いた記憶が残っています。 突然かかってくる親友からの電話やブログのコメントがまったくなくなった空白は時間が経てば経つほどつらいものになってきます。おなじ経験をされた先達たちが語ったこと、書いたことが重要な意味を持ちつつあります。

Carl Zeiss lenses for CONTAX RTS System in 1975.

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 リッチなカメラオタクが選ぶレンズはMTF曲線、歪曲収差や解像度などを調べて完璧なまでの性能のレンズをお財布の限度ギリギリにはたいて入手します。そしてその大金叩いた高額ズームレンズ(特に大三元っていうやつ)を誇らしげにカメラに装着して、自分でもいいんだかどうなんだか判断しかねる写真を撮りまくって満足する。(個人的感想です、あくまでも。高いレンズが買えないヒガみも入ってるかも。)自分もそうでしたから。MTF曲線をプロの解説聞きながら、まったく理解してないのに、さもわかったふりしてましたし、大きく、重いけど、明るい(F.2.8)標準ズームを見せびらかしながらしょうもない写真を撮りまくって自画自賛してました。笑 年取って重たい機材に負けて、自分の身の丈にあったもので写真撮ろう。そうなると、ズームレンズはターゲットから消えて、軽い、明るい、単焦点レンズを2本程度持ち歩く。それで十分だと悟るわけです。それも、新品ではなく程度はいいと勝手に自分で思い込む中古レンズを探し回って買い込んだものを。 いま、そういうノリで楽しい毎日を過ごしてます。1975年発売のY/C Distagon 2.8/25 T* AEG(旧西ドイツ製、一応)の安い中古(鏡筒の一部にぶつけた傷があり、フィルターつけるとギシギシするやつ。笑)を中古カメラ市でみつけました。設計が古いっていうのは個性の極みって捉えればいい。樽型の歪曲収差はあるし、解像度もいまいちだし、レンズもうっすら曇ってるようにも見えるし、周辺部は暗いって。そんなやつですが、かわいいんです。優等生ではなかった自分がカメラ機材だけ優等生使っていい写真撮れるかって、撮れません。笑 個性の極みレンズで劣等生だった自分の個性を際立たせる。これです。あの頃は高価で買えなかったけど、いまは手にして、それなりの持つたのしみと撮る楽しみを満たしてくれております。下手な試し撮りつき。笑

SONY digital camera with lenses for Canon's EF-Mount

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 一般に「純正」っていうパーツは高価で、その正当性を理解するにはちょっと価格のハードルが高い傾向にあります。デジカメのレンズでもそのまんま言えます。 ソニーが販売する「純正」E-Mountのレンズは高性能のGMシリーズやGシリーズでも高価で手が出ません。サードパーティも増えましたけど。最新レンズは軒並み高価です。 そういうときというか、貧乏な贅沢主義者はどうするか。電子接点付きの最新マウントアダプターで中古市場に出回る高性能だけど「お値段以上ニトリ!」みたいなレンズを使うことになります。探せばなんとかなる。全国から中古カメラ専門店が集まるデパートの「中古カメラ市」は全国駆け回らなくてもここを見るだけでけっこういいものが見つかる。はず。笑

The ZEISS lenses from about 40 years ago for CONTAX/Yashica cameras still give me images I like.

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 ツァイスのカメラ専門の子会社:ツァイス・イコン社がコンタックスというブランドのドイツ製のカメラは戦前(1932年)から存在し、戦後撤退。その後ヤシカ(のちに京セラ)と組んで日本で復活し、最終的には2005年に撤退するまで続きました。 言いたいのはカメラボディではなく、カール・ツァイスがこのCONTAXのために供給したY/Cマウント用のレンズ。1985年以降のMMJっていう記号が最後につくシリーズが特に好きでした。 ミラーレスデジカメラの時代になってこれら約40年前のレンズが格安で入手できるんです。とりあえず、Sonnar 135mm f2.8 MMJに手を出して半分懐かしみを感じながら。老後の楽しみとして高価な最新レンズには見向きもせず(正確には「できず」ですが)、これらの老兵的レンズを手元に置いて撮影を楽しみたいかなって思います。ILCE-7RM4AにマウントアダプターつけてSonnar135mm f2.8 MMJで試し撮り(手持ち)してみました。ボディ側の手ブレ補正使えます。最新レンズのようなキレッキレではないですが当時のレンズとしては解像度も高めですが、カリカリにならないところが自分には好ましいんです。このSonnar 135mm レンズにはレンズフードが内臓されているんですが、古いレンズのフレア対策でよりはっきり効果のある純正ハードフード(以前より所有していたもの)を装着。値段の割にプロっぽくてかっこいいかも。見かけ倒しですが。

Everybody digs Bill Evans recorded in 1958

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 このアルバムは最初はLPで、その後CDで何回もリリースされているので有名。今回、米国オリジナル・アナログ・マスターを基にした2024年リマスタリング音源192khz/24bitを採用のSACD版が発売されたのでこれを入手して聴いています。 アルバムタイトル名 Everybody digs BILL EVANS「誰もがビル・エヴァンスを敬愛してる。」1958年の録音時はビル・エヴァンス29歳! まだ29歳です。アルバムには3人の名プレイヤーからのメッセージが記載されていますが、かのマイルス・デイヴィスですら、I've sure learned a lot from Bill Evans. He plays the piano the way it should be played. と、ビル・エヴァンスからはいろいろ学んだ。彼はピアノが演奏されるべきやり方で演奏している。ってもうべた褒めですよね。 CDの少々緊張感のある音も好きですが、この自在に演奏するビル・エヴァンスのスタイルにはこの最新リマスターSACDがいいなって個人的には思っています。 親友と一緒に酒飲みながら聴きたかった。つくづく思います。