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3月, 2024の投稿を表示しています

Can't eat authentic sausages so far.

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 東京も3月の終わりですが、気温が!26℃にも上がります。こうなるとホットドッグスタンドですよね。麻布十番の有名なN.W.D.さんの1Fにあるこのホットドッグスタンドはもう有名ですが、ソーセージがさすがお肉屋さん、本格的なんです。うまい。ビールもあるし。 でも、残念ですが、食道がん手術を終えた身にとっては、この本格的ソーセージを咀嚼できない。噛めない。おまけにドクターストップでビールもだめ。つらいところです。

Maurizio Pollini, Dies at 82...

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 ポリーニが亡くなってしまいました。思えば、大学生の頃、ショパンのポロネーズ集をLPで買い求め、何回も聴いたことか。これが個人的なポリーニとの出会いでした。 バルトークのピアノ協奏曲のLP、これもまた鳥肌が立つ経験をしました。ピアノを打楽器のようにたたきつけポリーニの音が聳り立つ。アバドとポリーニの情熱とシカゴシンフォニーオーケストラの圧倒的パワーが相まってこの演奏以外バルトークのピアノコンチェルトは聴けない時期が長く続いたほど。感動の極みとはこのことでした。 若きブラームスのピアノコンチェルト第1番、ベーム ウィーンフィルの重厚かつ丁寧な曲の展開にピアノが対等の存在としてのスケールを示す演奏も、大好きです。 その、ポリーニがこの世を去ってしまいました。冥福を祈ります。 そのポリーニの演奏をハイレゾ音源で聴き直しております。

L'Oiseau-Lyre (DECCA)

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 親友も私も古楽系レーベルの中で音像のキレがよく鮮度感抜群のオワゾリールレーベルのLPやCDは一緒によく聴いておりました。 オワゾリールとは、フランス語で、(オーストラリアの)コトドリ属の鳥のこと。古楽復興に寄与したレーベルとして1932年にパリでスタート。1973年からは英国DECCAの傘下で古楽専門レーベルとして発展してきました。Christopher Hogwood Academy of Ancient Musicはバロックから現代に至る幅広いジャンルの演奏団体として名を馳せています。 そのオワゾリールレーベルを1枚、今回は新譜(といっても録音は1982年ですが)としてタワーレコードから購入。 最初の出だしから親友が好んだ音色、つまり10kHzあたりから上の解像度が高く、トランジェントの良い音で鮮明なキレと余韻が特徴って、親友が聞いたら「それだけが好きなわけじゃあないんですよ、わかってます?」と言われそうですが。笑 でも、そういう透明で見通しの良さを彼は大切に思っていて、それを具体的に目にするような音がこのオワゾリールレーベルにも感じます。 この2枚組のCDの2枚目、8番目の曲に注目したいです。曲名はなんと「膀胱結石手術図」って。1725年マラン・マレという作曲家の作品ですが、なんとご本人の体験談から作曲に至ったというお話。まだ麻酔がなかった時代です。手術は痛すぎて声も出なかったらしいですが。 完全麻酔で食道がんを手術した自分には恐ろしい世界ですが、時代背景も異なりますし、その想像を絶する痛みは曲を聴いてみるしかありません。 なんか、突き放すようでマラン・マレさんには申し訳ありませんね。アヤン・マレ?っていう感じでしょうかね。失礼しました。

Szell and Walter Stereo Recordings in USA.

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 久しぶりにオーディオ装置の再生イコライザー設定を1950年代から1960年代のアメリカCBSで録音されたオーケストラ用に大幅に設定しなおしてじっくりとセル・クリーヴランドのワーグナーとワルター・コロンビアのシューベルトを聴き込みました。 がんの手術後2ヶ月っていう時間の経過を振り返りつつ、よくまあここまで回復できてきているってしみじみ感傷に浸りつつ。 イコライザーの調整をしつつ、また耳を傾けて調整してこれでいいっていうポジションが決まるとどことなく精神の統一ができた感じがして、ふと、真横に親友の存在を感じつつの音楽鑑賞になります。 セルのワーグナーは圧巻。まったく整然と大オーケストラが鳴り響く雄大さは偉大だと思うんです。ワルターのシューベルトは先日購入したベーム・ベルリンフィルの演奏との比較にどうしてもなってしまうんですが、晩年のワルターは全く老齢感がなく、やさしくおおらかなテンポで、そして劇的な瞬間にですらなお新鮮な解釈を感じる気がします。こんなにゆっくりのテンポのときですら全体の構成が寸分も乱れない凄み。ちょっと鳥肌が立ちました。 あと、何年こういう幸せを音楽に見出すだろうなんて、まだまだ先のことですが、この一音、一音の刹那に感じる自分の立ち位置というかポジショニングっていうか。それを想います。

Château de Versailles Spectacles

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 ヴェルサイユ宮殿の文化催事プロジェクトチームは2018年頃から独自のレーベル Château de Versailles Spectacles(シャトー・ヴェルサイユ・スペクタクル)を立ち上げ、フランスバロック時代の音楽家たちの作品のみならず、古楽界の知られざる魅力的な曲を次々と再現しCDなどでも発売。そして個人的にこの煌めく世界にどっぷりはまりました。 同じフランスバロックでも名声を得たリュリ、不遇な生涯を送ったシャルパンティエはじめ、名前しか知らない作曲家たちの優れた作品群は優れた演奏と録音によって日の目を見ております。

New Jacket case for my SONY Cyber-shot

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 実家からいただいた2015年発売のDSC-WX500ですが、ジャケットケースがぼろぼろになってぽろぽろと革の表面からの崩落?が出て惨めな姿を晒しておりましたので、ネットで新品のケースを探したところ、さすが、アマゾン、ありました。3千円なり。 さきほど届き、付け替えました。ストラップを無くしていたのでこれで肩からもかけられます。ケースを新調するだけでカメラも新品のように(あくまでも)見えて、まだまだ使うぞっていう気分になります。ブツ撮りにはこの小さなセンサーはボケがないのでスッキリと見えます。フルサイズのα7シリーズ機は出番がなく、それでも使うつもりではおりますが、このまま防湿庫入りの気が。年齢とともに軽さだけが良し悪しの判断基準になってきております。笑

Jean Baptiste Lully (Giovanni Battista Lulli)'s Te Deum

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 1687年初演のTe Deum laudamus (神であるあなたを讃えん)は有名な曲ですから演奏も多種多様にわたり、ど派手なものから17~18世紀のフランス王朝を彷彿とさせるもの(個人的な感想)までありますが、あまりど派手なものはちょっと疲れます。 イタリア人でのちにフランスに帰化し、ルッリさんはリュリさんになり、太陽王ルイ14世に見出されて王室総音楽監督に上り詰めたのはご立派です。このアルバムはジャケット見てピンときて即予約購入しました。王様ご臨席感満載で、ナチュラル・トランペットが鳴り響き、ゆったりとしたテンポでありながらかなりの大編成。ヴェルサイユ宮殿王室礼拝堂での演奏で聴きごたえたっぷりでした。バロック中期の黄金時代というか、この癒し体験はがんからのリハビリに必須なのであります。

ILCE-7RM4A and FE 20-70mm F4 G

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 2023年半ばからSONYのデジカメ一式を残価設定クレジットで使用しています。まだ食道がんが判明する前のことでした。がんの治療が10月からスタートして手術後の退院が2月なので約5ヶ月まったく使用することもなく我が家の防湿庫に鎮座しておりました。 3月になってやっとこのカメラ一式(ボディ665g レンズ488g)総重量1.1kgちょっとを持ってみるとこれほどに重たいものだったのかという想定外の事実をつきつけられました。手術前から体重が7kg減。筋肉も気力も大幅に減少したいま。これは、ちょっと持ち歩けない。笑 夏までには持ち歩けるくらいに体力が回復することをひたすら祈っています。

Schuberts Unvollendete und die Neunte.

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親友は彼のブログにカール・ベーム指揮ベルリンフィルハーモニーのシューベルトを書いて、絶賛しています。例えば2021年5月4日の「絶頂期のベーム1963,1966」に。 ベーム、ベルリンフィルといえば、私には1950年代最期のベートーヴェンやブラームスの交響曲は聴いて大絶賛していたけれど、1963年以降もベルリンフィルに招かれて録音を重ねていたことはほとんど知りませんでした。あらためて親友が絶賛する1963年の交響曲第9番と1966年の交響曲第8番「未完成」(SHM-CD盤)を真空管出力設定のDACで聴いて、これは親友と一緒に聴きたかったと思わずにはいられなくなりました。アナログ時代を超えたというかアナログだからというか、鮮度のいい録音で、ベルリンフィルの技術水準の高さと時代遅れにならない演奏の極み。ベームはオーケストラを引っ張り回すのではなく、シューベルトが聴いたらOKっていいそうなバランス感覚っていうか、初めてこの曲を聴いたような気持ちにさせてくれる体験があります。この1963年以降にはベーム、ベルリンフィルでシューベルトの交響曲全集があるそうなのでなんとしても手に入れて全曲を聴いてみたい。そういう境地にいま、なっております。 というわけで、タワレコサイトからSACD盤シューベルト交響曲全集をポチりました。

You should listen to Handel even now.

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 「なにをいまさら」ってタイトルを何回もつけて、よく親友はブログに書き綴っていました。ま、「開き直り」ともとれますし、「恥ずかしいけれど、今頃になって」というようなニュアンスだったかも。後者が多かったかな?っていうような気が私はしています。 バッハ、ヘンデルの有名な音楽はもうすでに卒業したって、偉そうに、勝手に決めつけていてもう聴き飽きたようなことを漠然と思っていました。がんの手術を終えて、まだまだ体のあちこちが痛みつづけるなかで、このバロックの巨匠達の音楽がいかに癒しにつながるか、圧倒的にありがたく感じております。 バッハは無伴奏のチェロやヴァイオリンが。管弦楽組曲やブランデンブルク・コンチェルトが。ヘンデルでは水の上の音楽や王宮の花火の音楽や、ハープ協奏曲が。 で、こういう基本中の基本のCDがうちにはなかった。卒業したと勘違いして卒業証書がなかったみたいな状態。なので、今回は親友と最初に出会った1980年代初期に的を絞ってヘンデル名曲集を買い求めて聴いております。ひとつはトレヴァー・ピノック指揮 イングリッシュ・コンサートのもの。もう一つはジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツのもの。 軽快ながらも指揮者の解釈がうねるガーディナーと、端正で、折り目ただしいピノック。この2つの演奏を繰り返し聴いても飽きることがありません。もう一つ、本当はホグウッド盤も欲しかったのですが、現在入手不可能とのことでちょっと残念です。 知ってる曲でも、演奏者の解釈の違いってバロック音楽にも色濃く反映される。ほんの少しのテンポの違いが全く異なる曲のように聴こえることに、「なにをいまさら!」って思い直しております。